寺田寅彦の随筆「柿の種」のなかに、鶯谷の駅に近い線路際の坂のうえで、モノを売っている男の話がある。たしか寒風の吹く中、誰も客がいないのに大声を張り上げて売り物の宣伝をしている。寺田寅彦先生は「なるほど。おもしろい」と思って通り過ぎるのである。


考えてみるに自分のブログもそうである。誰が読んでくださるのか、きわめてぽつりぽつりのお客さまを相手に、いや、全く客がないときも、大声で言いたいことをしゃべっている。それは客の無い口上である。


あの鶯谷の坂のあたりは歩いたことがある。下に幾本もの線路が見える。古い小路が続く。墓地に入る。あの坂で茣蓙でも敷いてまんが本でも売っててごらんよ。まったくこれがあたしだ、と思うと売れないブログもなにかやってもいいことのようにも思える。

寺田 寅彦
柿の種